『月夜水の詩』HOME > 『秘密』の小部屋 > 『秘密』の中に眠るもの
『秘密―トップ・シークレット―』には、 さまざまな清水玲子作品が眠っている気がする。 同じパターン化とはいえない、 ふとシンクロやリンクをする過去の作品。 そして、『秘密』の作品を読むとたまに過去の作品の解釈さえ、 ふくらませてしまう。変えてしまうほどにシンクロするイメージ。 清水先生はもう、『月の子』や『J&E』の続編はもう描かないかもしれない。 でも、過去の作品の大切なところが、読者が読むことで、 『秘密』の中で「発酵」され「熟され」、 『秘密』も、『昔の作品』も、きっと味(解釈とか注目点とか) がかわる。よりテーマは鮮やかに深くなっていく。眠ったまま。 それは、同じ道ではなく、明らかに、進化。 私はそう思う。 『秘密』はグロいとよく言われますが、 秘密はただグロいのではなくて、 それほどの、故人の「ひみつ」を侵すほどの「理由」として、 「重大」もしくは「残虐な犯罪」の「推定犯人」と、「被害者」に限り、 MRIにかけることからはじまった。 その人の脳を暴く、その人の「ひみつ」を見てしまう理由に、 「重大・残酷な犯罪等であるから」という、 細い糸のような口実で存在している。 矛盾だらけの世界で、第九は成り立っている。 『秘密』には死の匂いが満ちている。 死後でないとMRIスキャナーにかけられないのは、 作品の事件の迷宮度を上げているし、 MRIの限界として描いている。 生前、誰でも、どんな人でもなく。 残酷で特殊な事件に限って。 MRIはぎりぎりの線で捜査手段として許される。 「生前誰でも」ではなく。 むしろ「被害者かもしれない」だけでMRIにかけられたる故人のほうが、 多くの人に捜査という名目で、「ひみつ」を暴かれ、知られてしまうという、 よっぽど残酷な目にあっていると思う。 それにしても。 この「MRについての制限」なんてどこから思いつくのだろう? MRIの限界・限界・限界。。。。 毎回、薪・青木に与えられる、MRIと捜査の壁。 それ(MRIの壁)を乗り越えることができて、 真実を得たとしても、 その真実は、なお救われない現実。 それでも青木は向かうのだ。 何度自分の目前で、 手が届かずに、人が死んでも泣いていても、 助けてあげられなくても、何も出来なかったとしても。 それでも、 今出来ることを限界を超えるほどにやっていく。 第九で戦い続けていく。
(2008年1月24日)
『秘密―トップ・シークレット―』清水玲子 白泉社ジェッツコミックスA5版1〜3巻 以下続刊/隔月刊『メロディ』掲載
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