『月夜水の詩』HOME > 『深く語る。』 > 「自己犠牲と死と残された者」

 

 
 
 
このコーナーは、多大なネタばれを含んでいます。
「もうひとつの神話」「月の子−MOON CHILD−」
「22XX」「秘密−トップ・シークレット−」第1巻
をまだ読んでいない方は、読まないことをおすすめします。

   
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「自己犠牲と死と残された者」

  

1.「もうひとつの神話」

 

 清水先生の昔の作品に、「もうひとつの神話」という作品がある。
 地球が滅びた後、ただ一人残された人間のイヴを、ただひたすら守っているロボットたちの話である。
 この作品はまぎれもなく名作なのだが。
 ただひたすら切なかった。
 
 イヴのために、ロボットたちは全員命を捨て、別の新しい人間の男(イヴの夫アダムにそっくりな)とすり変わるのだ。
 イヴは本当に何も知らなかったのか?
 もしかしたら幸せなフリをして生き続けてるんじゃないのか?
 ずっとそう思い続けていた。
 
 でも、「秘密2001」を読んだ今なら思う。
 知らないこと自体、元のロボットの夫と人間の男の区別がつかないそのこと自体、とても悲しいことなんじゃないか。
 イヴを残して死んだ(壊れた)ロボットたちは、とても残酷なんじゃないか、と。
 
 
 他の作品にも、「自己犠牲」の作品はたくさんある。
 
 人間のエルを何百年も愛し続けたロボットのJとジャック。命の長さの違い。
 ひたすらに人間につくすロボット、ナポレオン・ル・ボン。
 自分を犠牲にした14才のジュニア。
 他にも、たくさん。
 
 大切なひとを愛し続ける、大切なものを守り続ける。
 それはただ美しく、切なくて。

  

2.ティルトとセツ  (「月の子−MOON CHILD−」)

 

 そんな「自己犠牲」の描き方が変わったのは、「月の子」からだと思う。
 
 「このまま自分がいると、ベンジャミンを憎んでいるティルトは、守るべきベンジャミンを守らないから」と、セツは、自分がいるべきではないと思い、自らの命を縮めていく。
 そして死んでしまう。それが1つめの自己犠牲。
 ティルトは、死んだセツのために、魔女と契約して「セツを生き返らせるかわりに地球を滅ぼす」と魔女と約束する。それが2つめの自己犠牲。
 
 セツの死が、どれほどのティルトのなげきか。
 ティルトの暴走を止められるのはセツだけなのに。セツを失うと、ティルトには何もなくなるのに。セツが全てなのに。自分の手を闇に染めても、どんな残酷な事をしようと、罪を背負おうと、セツに居て欲しいのに。セツは自ら命を縮めて。ティルトを残して死んでしまう。
 
 生き返ったセツは、何故ティルトがそばにいないかわからない。
 そしてショナに恋をする。地球の未来より、「ショナを見ていたい」と思ってしまう自分に気付く。
 その恋すらティルトの計画のうちであると知らずに。
 
 セツが死んでしまったから、ティルトは地球を滅ぼそうと契約をかわしてしまう。
 セツが生きているのは、ティルトの契約のおかげ。
 ティルトが契約を破棄した段階で、セツの未来は約束されない。
 
 2人の自己犠牲は残酷な未来を予言する。

 

3.ルビィ  (「22XX」)

 

 「月の子」のラスト近くにLaLaに同時掲載された「22XX」。
 命や食べる事を大切にするフォトゥリス人、ルビィと、食べる必要のないのに、食欲を感じ、「やつれ」までプログラミングされたロボット、ジャックの話である。
 
 食欲を感じ、「空腹」や「やつれ」までプログラミングされたジャックは、昔ある人と食物を分けあったせいで、相手を餓死させてしまい、その事でずっと後悔し、「食べる必要のないのに食欲をプログラミングされた」自分を許せないでいる。
 極限まで空腹になり、体力も出ず(そこまでプログラミングされている)、自力でも、ルビィの力でも脱出出来そうにないジャックは、ルビィに言う。「医者を呼んできてくれ」と、ウソの医者の名を言う。ルビィを逃がすために。
 その時、ルビィは、自らの右手を切り落とし、ジャックに「それ」を食物としてわたす。
 狩りをし、人肉を食するフォトゥリス人にとって、それは最高の愛情表現。
 でも、ジャックにはそれがグロテスクなものに思えて、口にすることはおろか直視する事さえ出来ない。
 片手しかないルビィは、ヘリコプターから落下して、命を落とす。
 
 残されたジャックは悔い続ける。
「食べたいのは彼女の右手だけ」
 残された命長き者は、何百年も、悔い続けるのだ。
 
 「月の子」「22XX」あたりから、清水先生は、「命を捨てる方」だけでなく、「残された者」にも、大きく視点を向けるようになる。

  

4.そして「秘密2001」

 

 「秘密2001」の薪は、自分に銃を向けた鈴木を正当防衛でうち殺す。
 その事でずっと苦しみ続ける。
 何で鈴木は貝沼のデータを全て破壊し、自分を殺そうとしたのか。
 そして、鈴木を殺した自分に苦しみ続ける。
 
 あとはこのコーナーの「TOP」の「鈴木克洋」の項に書いているのを、読み返して下さい。
 
 新人、青木は薪のために鈴木の脳を全て見ます。
 薪はそこで鈴木の真実を知るのです。
 知らないより知った上で乗り越えていく。
 苦しみながらも、戦い続ける。
 残酷でも、真実を追い求める。
 それが「秘密」シリーズなのかも知れません。

 

 こうしてみていくと、清水作品は、どんどん深くなってきているな、と。
 「命を捨てる立ち場の視点」から、
 「双方の視点」、
 「残された者の視点」へと。
 
 それぞれの良さがあると思います。
 清水作品の「韻」を含んだ表現は、見る者によって解釈の違う万華鏡のようですね。
 リアルなような「秘密」も、かなりの謎があえて残されていますし。
 
 今でも考えます。イヴは、セツは、何を見ていたのだろうか、と。
 どこまで知っていたのだろうか、と。
 
 私もあえて、この文を「問いかけ」で残します。

(2003.2/22)


 

「もうひとつの神話」は、白泉社文庫版「天使たちの進化論」に収録。
「月の子−MOON CHILD−」白泉社文庫全8巻
「22XX」白泉社文庫全1巻
「秘密−トップ・シークレット−」第1巻 白泉社ジェッツコミックス(A5版)
 
  いずれも、著/清水玲子(白泉社)

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