『月の子』の物語を、影であやつっていた人。
もしくは、一番あやつられていた人。(と私は思う。)
舞台版『月の子』ではティルトが主役だったらしいし。
(私は見に行かなかったので、情報を読んだだけですが。)
ティルトは真性の未成魚だと思う。
未成魚という存在が、ただ子孫を残すための、女性体を守るための存在であるならば。
セツはベンジャミンを守れなかった。守りきれなかった。
でもティルトは、セツを守るために、全てを犠牲にした。
自分の愛も、自分自身も、正義も、信念も、多くの命も、地球さえも。
セツを愛している。セツに生き還って欲しい。セツを女性化させてやりたい。セツに卵を生ませてやりたい。
でも、セツに卵を産ませるということは、ショナと、そういう関係にさせるということだ。
セツの想いがどうかとか、ショナの想いがどうかとかは、別として。
ティルトにとって、セツが全て。セツにも自分が全てであってほしい。
でも、突きつめられた現実。
『 【セツ 】今まで僕の世界はティルトしかいませんでした。
ティルトが総てでした。ティルトがいないと何にもできませんでした。
いえ‥‥ティルトがいたから何にもしなかったんです。
でも‥‥もうやめます』(『月の子』コミックス6巻/文庫版4巻)
多分この時セツは、「いつもティルトは勝手ばかりして自分は待つだけ」
といった気持ちがあったのだと思う。
「いくらティルトを待っていても、帰って来ない。ティルトは勝手だ」
と思っていたのだろう。
とにかくセツはショナとの出会いをきっかけに、ティルトから自立していくのだ。
閉ざされたセツとティルトの関係は壊れていく。
ティルトが契約したゆえに。
「自分だけ見ていて欲しいから殺してしまおう。」
そういう愛もある。
でも「たとえ、自分のことが一番でなくても、
ただ生きていてくれるのなら、自分は何だってする。」
そういう愛もある。
ティルトの愛は浄化されるべきものなのか。
それとも歪みきった愛なのか。
私にはわからない。
ティルトにとって、同一の遺伝子をもつセツは、きっともうひとりの自分なのだ。
セツが女性化して卵を産めば、ティルトの子孫が残せるのだ。
でも、明らかに女性化を拒絶したベンジャミン。
ベンジャミンがジミーとして人間(アート)の元に居てもいいと思うセツ。
この2人に対して、ティルトの「何が何でも」人魚の子孫が必要と思うのは。やっぱり、彼(女)が真性の未成魚だからだろうか。(すいません、「真性」というのは私が勝手に考えているだけです。)
セツがセツだから愛しているのか。
セツがもうひとつの自分だから、愛していたのだろうか。
一途な彼(女)。痛々しい程に。
そして最後に残したセツのティルトへの愛。
やっぱり2人にとってお互いの存在は特別なものだったのだ。
セツの、ティルトへの愛の残しかたは、他のどんな言葉より、どんな行動より、かけはなれて深いものだったのだから。
(2003.3/21)
「月の子−MOON CHILD−」
花とゆめコミックス全13巻
白泉社文庫版全8巻
清水玲子
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